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ああそうかと、今頃 気がつく。
騎士のお衣装に不具合があったなんてのは、
久蔵には珍しい嘘だったんだと。
いやいや、嘘というんじゃないか。
どんなに似合っていても、
バレエの公演で似たような格好をしたことが何度もあっても、
彼女にしてみりゃあ、あんまり愉快じゃないこの運びだったので。
『衣装の気になるところを。』
そうと口にした文言には嘘なんてなかったのだろうから。
日頃から、
彼女の言動はどんなに言葉が足らずとも通じると
偉そうに自負していたことも油断となってのこと。
何の不審も感じぬまんま、
このお人が待ってるところへ まんまと誘い出されたなんて。
「いかがした?」
久蔵にも気づかれていたらしい もやもや。
そんなのがあっても、逢えればそこはやはり嬉しくて。
今は緊張感の要る修羅場でなし、
ちょっぴり稚気を滲ませた、響きのいいお声を掛けられたなら、
ああ もういけない。
胸がドキドキしてくるし、お顔はかっかと熱くなる。
いつだって冷静で、落ち着きがあっての頼もしいなんて言われているの、
違うの違うと、全部返上したくなるくらい。
「??」
身の置きどころに困っているまま、
立ちん坊している七郎次なのへ、
ほれ座りなさいと、空いてたお椅子を示してくれて。
叱られる前の幼子みたいにおずおずと、
指されたお椅子へ腰を下ろせば。
そりゃああっさり視線が同じになったものだから、
「〜〜〜〜。///////」
うあどうしよう、何日振りかの大好きなお顔だ。
しかもしかも、それは穏やかに微笑っておいでで、
精悍な目許は柔らかくたわめられ、
意志の強さを映して、いつもきりりと引き締まっておいでの口許も、
それは楽しそうに笑みを含んでいるのがようよう判る。
“そうだよね。アタシが勝手にもやんとしてただけだもの。”
しょむないことで すぐにもカッカしちゃうこんな小娘にも、
それはそれは懐ろ深くてお優しい勘兵衛様。
ああ相変わらず、
髪がかかっている肩口もカチッとしてらして、
スーツが映えての、頼もしいことこの上なくて。
椅子とお揃いの陶器のテーブルの上へ、
何気なく置かれた大ぶりの手の、重たそうな印象とか、
骨ばった節々や頼もしい大きさが何ともお素敵だし。
ワイシャツの白袖の縁を添わせて、
スーツの袖の陰へ連なる手首の角度の、
“何て色香のあることか。///////”
雄々しくも精悍で、男臭くてなのに知的で。
お仕事へも真摯に向かい合い、
苦しいこと辛いことも含め、たくさんの経験を積んでおいでで、
それらの蓄積が織り成した豊かな人性も素晴らしい、
年齢相応以上に頼りになる殿方で。
仕事も私生活もうだつが上がらずの、
だらしがなくてどうしようもない男じゃないのは、
大いに結構なはずなのにね。
そんなお素敵な人だからこそ、
他の女性だって、
きっと放っては置かないのだろうなという危惧が
ひょんな拍子に沸き立っては、もやんと胸にわだかまる。
そんなことを、しかも勝手に思い込んでの苛立ってるなんて、
浅慮で蓮っ葉な子だよな、と自分でも思う。
思うけれども、
「久蔵の衣装を縫ってやったのだと聞いたが。」
「はい。」
あまり乗り気ではなかったらしいので、
宥めるついでに
着やすいのをどうにでも作って差し上げると持ちかけて…と説明すれば。
「さようか。
あやつめ、お主に手を掛けてもらうのが嬉しいのだろうな。」
くつくつと低く笑われるお声もまた、
ちょっぴり危険で粗野な匂いもしての、そこがまた格段に男臭くて蠱惑的。
“ああ、ああ、どうしてこうも。////////”
かつての昔も、そう言えば。
ご自身がどれほどのこと、魅力と蠱惑の塊なのかを、
まるきり意に介さずの無頓着でいらしたような。
人改めの臨検なんぞで 花街へ赴けば、
まだ明るいうちでも、名代の太夫らが揃って顔を出し。
ムキになるのははしたないが、それでも無視なんて出来やしないと、
切な秋波をどれほどのこと寄越したか知れないし。
“……罪なお人なんだから、もう。”
それも、二つの時代世代に渡ってというのだから、
こんな性悪なお人、そも好きになっちゃあいけなかったんだと、
終まいには自分へ“馬鹿よ、馬鹿馬鹿…”と、
もうもうもうを連ねる始末で。
何と言いますか……。
どこまで盲目と、胸焼けしそうになった人、
遠慮は要りません、
お惚気シチちゃんへ“目を覚ますんだ”とのエールをどうぞ。(笑)
● おまけ ●
香りのいいお茶と当家のパティシエ特製のスィーツを楽しみつつ、
皆様の話題も いよいよの明日という五月祭に関してへと帰着して。
祭典の主格、
ドレスアップしてセレモニーを演じる主役級のお務めは、
こちらの令嬢も 既に先年果たしていたものが。
二度とはないはずの晴れ姿、
何と今年もご披露下さるということで、
「父様も母様も見に来ると。」
GWのど真ん中だが、カレンダー上では平日だし、
作業や現場の監視だの、一日中拘束されるよな立場でもなし。
祭典の始まりのところだけなら、余裕で観に来られるとのこと。
「爺様は無理かなぁ。」
「う〜む、今ドーハにおいでだからなぁ。」
いくら活動的な祖父様でも、ちょおっと無理な相談ではなかろうかと。
父上が苦笑をなさり、そかとお嬢様も微笑い返して見せるのへ、
「何だか奇跡のような光景に見えるのはわたしだけでしょうか。」
傍らにおいでの兵庫さんにだけ聞こえるように、
こそりと呟いたのがひなげしさん。
というのも、
「久蔵殿ってば、まだ思い出せないのでしょうか。」
「そうみたいだぞ。」
口の端にちょこりとついたクリームを、どらと拭ってもらったり。
お友達もいるのにと、鼻白らんでしまったものの、
いつもお忙しい父上がこんな早い時間に帰っておいでなのは嬉しいか。
隣り合ってるだけでは足りぬのか、
腕と腕とが触れたまんまになるよにと、やや体を傾けていやるのが、
子供じみた素振りながらも何とも可愛らしい甘えようで。
「よほどのこと、お好きなんですねぇ。」
寡黙だが存在感はある麗しさを、
紅ばら様だの、クールビューティだのと囁かれている、
毅然泰然としたお姉様キャラなのが嘘のよう。
「立派な父御だからな。」
「うん。それは認めますけど。」
戦後の財界に裸一貫で飛び込んで、
こうまでの財と信用を成した“福耳の麿様”の頼もしい右腕で。
基本は実直、だがだが貫禄もあっての頼もしく。
仕事一筋ながら、家族も大事とし、
事業が大きく揺らいだ時期に、まだ幼かった一人娘に構ってやれなんだこと、
実はいまだに心苦しく思っておいでというから、
「久蔵殿をお嫁さんにしたければ、
あのお父様と決闘しなきゃいかんってワケですか。」
「当然だな。」
うんうんと深々頷くこちらのせんせえ、
“遠回しな言いようでは通じてない辺り、
久蔵殿のことばかり言えない“鈍チン”ですよね、まったく。”
呆れたと見やってくる気配には気づいたらしくて、
んん?と目線で問い返して来たお医者せんせえへ、
「いえね、
あのお祖父様やお父様を思い出せないようだったんですもの。
兵庫せんせえのこと、
十年以上も一緒にいながら気づけなかったのも
仕方がないんじゃないかなって。」
「〜〜〜。」
途端に“痛いところを突きよって”と言いたげに、
しょっぱそうなお顔になった榊せんせえ。
「いかがした? 兵庫殿。」
「あ、いや、何でも…。」
かつての同僚、白鞘の和刀を操る達人だった男に気遣われ。
主治医という立場の引き継ぎにと、
父に連れられてこちらのお宅へ伺ったおり、
初対面だったにもかかわらず、
“おや お久しい”との苦笑を向けられたのを思い出していたりして。
さて、ここで問題です。
三木家の次代様、
福耳の麿様の息子にして、久蔵殿のお父さんは、
あの時代の 一体“誰”が転生して来た存在なのでしょか。
(うふふのふ〜vv)
〜Fine〜 13.04.24.〜-5.01.
*何のこっちゃな終章ですいません。
つまりは、シチちゃんも勝手に悶々としていたんですね。
新入社員や職員の方々が実務や現場へ出てくる頃合いだったので、
ひょいと思いついたネタですが、
GWだってことよりも そっちに目がいった辺り、
暇というか予定が無さ過ぎというか。(う〜ん)
*おまけの部分は、いつか書いてやろうと思ってたネタでした。
キャラとしてもなかなかに個性的だったし、
結構長いこと久蔵と共にいた筈なお歴々だったのに、
お祖父様にもお父様にも、いまだ気がついてないその上、
兵庫さんにでさえ、
幼少のみぎりから ああまで懐いておりながらも、
自分と同様の転生人たちだとは気がつかないままで。
それどころか、自分の身の上にだって気がつかないまんま。
そんな久蔵殿だったってのに
同級生ですよろしくネとお顔を合わせた途端、
するするするっと色々思い出せた相性の、
平八さんとか七郎次さんとか、
極めつけは名前だけで“あの島田か”と
思い出しちゃった勘兵衛様とか、ですからね。
どれほどの命懸けの戦さ合戦に身を投じた彼らだったのかと、
その後で思い出してもらった兵庫さんには、
さぞかし感慨も深かったに違いありませんて。
めるふぉvv


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